ストーリー
代表挨拶・「麹」への想い
当サイトにアクセス頂きましたこと、心より感謝申し上げます。
【一家に一糀】の暮らしをご提案する、代表の大谷りえと申します。
私自身、過去にバセドウ病、引きこもり、自律神経失調症、迷走神経反射など、数多くの病に悩まされ、また心の在り方も偏りがあり、人生に迷走しておりました。
その、『健康を失う経験』こそが、私の健康人生を支える原動力となり、『当たり前なんて一つもない暮らし』なんだという気付きを頂けたことで、人生の歩み方が大きく変わりました。
健康のない暮らしほど、無味なものはございません。
健康があれば、素敵な景色を見に出かけられ、愛する人と好きな物を食事し、やりがいのある志事で稼ぐ事ができるのです。
未来への投資すべきことは、健康投資です。
そのきっかけになるのが糀だと確信しております。
まず、発酵のある暮らしを3ヶ月続けて欲しい。
3ヶ月後の自分を楽しみにしていて欲しい。
なぜなら、糀を食べる事で細胞レベルで身体が喜び、心から笑い合える日が来るからです。
あなたが幸せになる事で、家族も友人も社会までへも幸せの波動が広がっていきます。
1人の変化は、世界の変化となる。
そう信じて、今日もまた【一家に一糀】を目標に、一人一人へ糀愛をお届けしてまいります。
関わってくださった全ての方が、最高の人生を歩みますようにと願って、代表挨拶を終えます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
代表 大谷 りえ
これまでのストーリー
幼少期
食事の時間、両親が食事の事でいつも喧嘩をしていたことをきっかけに、自分の家庭ができた時に食事の事で喧嘩をしたくない思いで調理専門学校へ進学。
バセドウ病
高校2年の夏、環境の変化からストレス過多になり、体調不良に。
多量の汗、10kgの減量、謎の発熱でバセドウ病と診断される。
2年間、体育がドクターストップとなり普通の暮らしは【当たり前】ではないことに気付く。
そこから、健康に生きるために必要なことを学び、健康食材、日用品、水、調味料などありとあらゆるものに健康投資をし、健康オタクとなる。
20歳~24歳
大阪へ家出。
昼夜逆転生活、仕事もせず、親の仕送りで生きる。
引きこもり、日雇いバイトでその日暮らし。明日の予定のない虚しい日々。
メンタルも落ち切って、自分を諦める達人だった。
25~30歳
友人の紹介で、事務員として精神障害者の就労支援施設へ就職。
半年後、素敵な仕事だと思い、調理師だけど支援員になりたいと申し出、所長に快諾してもらい支援員になる。
利用者さんと向き合うことで、自分自身とも向き合う事ができ、心の在り方に変化が始まる。
30~35歳
結婚、出産。
大嫌いだった同僚の旦那となぜか結婚。出会って5年目の出来事でした。
2姉妹に恵まれ子育てをする中で長女が隔週で中耳炎地獄に陥る。
糀との出会い
長女が3歳の時に出会い、学びを深めていく。
半年ほど使い続けた結果、病院へ行く回数が減り、健康な日々を手に入れる。
私自身はバスや電車など乗り物に乗ると、その閉塞感から、お腹を壊し動悸がしていた。
35~38歳
糀との出会い以降、乗り物への恐怖感がなくなり外出するのが億劫だったのがなくなり、外出する機会が増えた。
と同時に、糀ごはんのレッスンをスタート。
内側から湧き上がる、糀愛を伝えたくて仕方なくなり身近な方へ伝え始めたところ、全く食事に興味になかった友人が、糀ごはんを気に入って健康的な食事を作るようになる。
このあたりで喜びを感じ、ニーズがあるところにどんどんと伝えていくようになる。
その頃には引きこもっていた私は誰にも信じてもらえないほど元気になり、何があっても乗り越えられる強い心と身体を手に入れ、最高の人生を歩み始めた。